KNOWLEDGE

パフォーマンストレーニングの理論と実践

Vol.8 パフォーマンスを高めるための原理原則
ー Phase Transitions ー

複雑系生命システムを理解する上では、非線形と相転移が大きなキーワードになります。
線形ではない非線形プロセス、つまりEmergent Process (Chaos Process)に関しては、Vol.5で説明しました。

もう1つの重要なキーワードとして、相転移(Phase Transitions)が挙げられます。
運動制御の根源的な原理原則、Dynamic System Theory(DST:ダイナミックシステム理論)を理解する上で、
相転移の理解は重要です。

氷が水になる。
水が水蒸気になる。
金属が磁器を帯びる。

ここには中間的な形状はありません。
つまりゆっくりとした変化はありません。
変化は徐々に起きるのではなく、突然起きるのです。

このように即座に全く別のものに変化する現象を「相転移(Phase Transitions)」と言います。

私たちに馴染みの深い運動指導に置き換えると、
歩行から走行になる時、または、走行から歩行になる時、
これらの間には中間の形はありません。

歩行時においては立脚中期・遊脚中期において、身体重心が最高点に達します。
かたや、走行時においては立脚中期・遊脚中期において、身体重心が最下点に達します。

歩行から走行、または走行から歩行、
これらの動作において身体重心の最高点と最下点は劇的に入れ替わるため、劇的な変化が生じます。
そこにはゆっくりとした変化は存在しないのです。

水と氷の間に中間の形状はない。
水と水蒸気の間に中間の形状はない。
金属と磁器を帯びた金属の間に中間の形状はない。

これらと同様のことが、私たちの歩行と走行の間にも起きているということです。

傷害予防のエクササイズにおいては、
低強度のエクササイズと高強度のエクササイズにも中間の形はありません。
バランスボードの上で低強度なバランストレーニングだけでは、
瞬時に高強度な衝撃を自動制御する能力を身につけることはできません。

相転移の観点から、着地の衝撃を伴わない低強度なバランスエクササイズは、
高強度なバランスエクササイズへの転移が起きにくいと考えられるため、
傷害予防のための運動制御エクササイズとしては充分ではないと考えられます。

着地動作やプライオメトリクスなどによる高強度動的エクササイズにおける
自己組織化(セルフオーガナイゼーション)が、傷害予防エクササイズとして重要になるのです。

これら相転移の概念に基づくと、
不明確な意図をもってトレーニング指導を実施しても、
全く別のタイプの動作への転移はほとんど起きないであろう事が考えられます。

トレーニングの効果をスポーツ動作に転移させるには、
ただ「○○筋を使う」という観点のみでは不充分であり、
私たち指導者は、環境や状況の類似性、筋活動の類似性、バイオメカニクス的類似性、
エネルギー系の類似性、感覚的類似性、運動結果の類似性、などを考慮しなければなりません。

つまり、運動制御理論・運動学習理論の観点から、
スポーツパフォーマンスへの転移を思考する事が大切になります。
このような事実を認識して、明確に意図を持ったトレーニング指導が私たちに求められているのです。

 

【参考文献】
・Strength Training and Coordination  Frans Bosch
・High-Performance Training for Sports  David Joyce / Daniel Lewindon