KNOWLEDGE

パフォーマンストレーニングの理論と実践

Vol.3 パフォーマンスを高めるための原理原則 ー DOFとContextを理解する ー

 20世紀前半にロシアの運動生理学者 Nicholai A. Bernstein によって、
「運動に先立って身体の配置を詳細に決定し、それを実行するという運動制御方法は成立しない。」
という従来の運動制御理論が抱えている根源的な問題が最初に指摘されました。

これは、「Bernstein問題」の「Degree of Freedom Problem:自由度の問題」として知られています。

飛行機も車も人体も、自由度の問題を「連結」によって制約しています。
連結で自由度を制約するのは、あらゆる動作システムの設計原理であることを
私たちは理解しておく必要があります。

ゴルフ初心者がスイングする際に、体幹を固定・硬直させたり、
スケート初心者が滑りそうな氷の上で膝を伸ばしたままにしたりする行動は、
複雑な自由度の高い運動制御を統合できるようにするために、緊急事態として関節を固定している現象であり、
「自由度の凍結」として知られています。

自由度の制御能力がない人に、力まずに、そして体を固定せずに、
脱力やリラックスを求めても、それは実践することが難しいでしょう。
必要なのは、一切動きのない状態を作る「固定」という能力ではなく、
望まない動作を防ぐ「安定」という能力なのです。

つまり、自由度の凍結ではなく、自由度の解放、自由度の分化を促進していくのです。

例えるなら、サイドブレーキを引いたまま、頑張ってアクセルを踏み込んでいる状態を、
サイドブレーキを解除してから、楽にアクセルを踏むという状態に変えていくことが大切なのです。

つまり、筋力による高閾値な「固定」に依存するのではなく、
微調整された制御、連結による制御、を最初に獲得する必要があります。
そして前章でも紹介したように運動制御と筋力は密接に関係しており、
最終的には1つのものとして扱われるべきものなのです。

「Bernstein問題」にはもう1つ、「Context Conditioned Variability:文脈上の変動性」があります。

これは、「事前の運動によって同じ筋の収縮でも、異なる運動の結果をもたらす。」というものです。
文脈とは、運動がどのような流れに沿って行われているか?を指します。
同じ筋肉の収縮でも、非荷重位か荷重位かという文脈によって、作用は変わりますし、
筋活動だけでなく、環境やタスクなど現在置かれている状況下における複雑な要求(文脈)を制御しながら
人は動作を遂行できなければなりません。

つまり、運動とはその前後関係・背景・環境(文脈)によって、常に変化しており、
文脈に適応できる能力を身につけるためには、何を指導するべきか?ということを私たちは考える必要があります。

決断と行動は相互依存の関係にあります。
決断と行動を単純なプロセスとして捉えるのではなく、
条件付けされた絶え間ない相互関係にあるプロセスとして捉えるべきなのです。

それらを考える上で「文脈:Context」とは、
パフォーマンス向上における最も重要なキーワードの1つになり得ます。

後のコラムで述べますが、
最先端の「痛みの科学」においても、
「痛みは我々を取り巻く環境と「Context:文脈」に大きく左右される。」
と、されており、やはり「文脈:Context」は重要とされています。

運動の現象そのものを指導するのではなく、
文脈からクライアントの内的感覚を自然に引き出す指導、
つまり “Contextual” なコーチングが我々運動指導者に求められているのです。

要素還元主義的アプローチから、複雑系生命システムへ。
統合的・全体的アプローチへ時代は大きく変化しつつあります。

我々は、まさに時代のクライシス(重大局面)の真ん中にいるのではないでしょうか?

【参考文献】
・On Dexterity and Its Development  Nicholai A. Bernstein
・Strength Training and Coordination  Frans Bosch